濃厚な泥の湯を身にまとい下山して
稲庭うどんの名店に寄る。
聞けば、産地なのに供する店がここしかないと言われ、
待つことも一時間ほど。

 

名古屋人の僕からすると、ヒヤムギと似て非なるもの。稲庭うどん。
ところがヒヤムギにはない妖艶な喉越しで、たいへんに美味でした。
 
  秋田で稲庭うどんを賞味したあと、今晩のお宿は新潟別院。
貫く高速は完備されておらず、一般道をすいすいと南下するのですが
これは東北の旅のどこでもいえることですが、人口の密度が疎。

おなじ田舎でも中部のそれは、
集落と集落の間は山道で、よって人が住んでいないのですが
東北は、山と山の間に広大な農地が広がっており、とにかく規模がデカイ。
そういう開けた感のある人口も疎な田舎。新鮮です。

山形では、初めての芋煮をいただく。
サトイモを煮込むのところがジャガイモと違って
歴史もあるのかと、そういう思いですが
南方のサトイモが山形でも育つ、そちらも驚きです。

煮込みが、赤味噌の味ではなく、こちらも驚き。
淡白な味の煮込みって、こちらは戸惑う味覚です。

  新潟に入り、本日〆の湯。西方の湯。
前回の新潟でも驚きましたが、油田のある新潟。
オイルを求めて湯はその副産物。
だから、我らが通常考える温泉とは全く別の系統。
色はコールタールを液体にしたもの。
そして油の、なんとも豊かな、鉄道で言えば枕木の香り漂う湯。
油井から飛び出す太古の成分の薄いところを温泉に回したと言うべきか。

新潟では、さらにお二人と合流して駅前で宴会。
ニヤニヤしながら西方の湯について聞く。
泥湯とは違って西方もまた脳天を劈く湯なのです。

それから新潟勢とも解散して僕らは三人になり新潟別院へ。
500坪はあるという広大なお屋敷の新潟別院。
気兼ねなく泊まれる旅の拠点。
年に何回か訪れますが、やはり最も趣きがあるのは二階が地上になってしまう豪雪の頃。


旅も最終日
   
 

これまた味わい深い栃窪温泉。
湯は薪で加温ですから、あの香り高き懐かしさが嗅覚を頓馬させます。
 
   

老夫婦が営む栃窪温泉。
この趣きを持って、今回の大旅行も〆となります。
あとは来た道を戻り滋賀県は醒ケ井という小さな駅。


さて、交通社夫妻の催します旅は、ごらんのとおり湯に精通したお二方が
「今、この時期を逃してはならない」
そういう、先を見越したセレクション。
世に名湯はいくつかあるけれど
いつまでもあるとは限らない。

その湯に、後継者がいないと知れば、旅の候補地の最上位に持ってきてくれるのですから、
何も知らず参加させてもらう僕にとっては、
例えるなら、ある研究の大家の説を彼から直接教えてもらえると言う、
全く持って贅沢な内容なのです。


醒ケ井の駅では、いつものことですがホームの向こうから手を振ってくれる。
交通社夫妻の旅の企画が全てにおいて優先されるのは
その内容と共に、この温かさなのです。

ご夫妻並びに皆々様に感謝申し上げます。