令和元年10月 octobre.2019


le 31 jeudi 木曜日
//昨日も今日も//早く寝る寝る運動。今週末は薪窯の日ですから、寝だめです。明日は昼休みも昼寝したいものです。


le 30 mercredi 水曜日
//豆炭は//今年は暖かい。まもなく11月というのに温暖化以前の感覚で言うと9月ですよ。この陽気は。  作業場は北側に面しているので太陽の恵みは望めない。寒さ対策はアレコレ思案するのに楽しいのですが、今年はその必用に迫られていない。豆炭デビューは来月のどのあたりでしょうか。


le 29 mardi 火曜日
//あの人は頭が良い//しげしげと眺めるに、やはり頭が良いのだと思う。もちろん、ここに至るまでに苦労はあったと思うのだが、その苦労は乗り越えるための頑張り。まず無駄がなく美しく高貴。それでいて言うほど手間がかからず安定的で生産は安価。後方支援は彼の人脈。あらゆる才能の持ち主が彼を応援するのは、彼の人徳そのものでしょう。成功する人は大成する人は努力もするし頭も良いし、そして人ができている。考えると、あの人が誰かの悪口を言っているところは見たことありません。


le 28 lundi 月曜日
//偉大さは//前にも後ろにも。次の週末は三連休。土日月。三連休の前は5日頑張れるし、連休後は4日の労働。三連休は偉大です。

記憶力の良い人は、昔のことも鮮明に覚えているけれど、その逆に、人からも昔のことを覚えられているという感覚は、やはり自然発生的に持っているのでしょうか。昔の恨みを持ち続ける人に、人からも昔のことで恨まれているとするのなら、恐怖そのものだと思うのです。闇討ちにあったとしても、警察に思うところはたくさんあると言って相手を閉口させるのかもしれません。


le 27 dimanche 日曜日
//お家騒動ありました!??//吃驚しました!!!!!今年初めての早朝座禅なのもありますが、お家騒動あった気配です。  6時から二時間の早朝座禅は、大まかに一時間座禅。30分講和。30分食事。ところが本日、食事は今回をもって終了とすると。聞くに、雲水が一斉に引き上げたから、その準備に対応できないと。今後は、1時間の座禅と30分の講話と30分の掃除。  ところが参加費用は同じく1000円。1000円払って掃除とは!???と思うのですが、お寺も困ってのこと、檀家がそう申し出るのも理解できますが、果たして4時に起きて名古屋から出向くのに、これは続けるべきなのかと。。。まあ、来月行けれたら行って、様子見かな。

長く治めていた老師が去年の三月に薨御され、どうやら跡目争いなのか京都の本山とのいざこざなのか、仏教徒の内輪の争いです。


le 26 samedi 土曜日
//皿修行//10時間を変えて朝からずっと皿ばかり作っていました。単純に見えて、あれは構造力学と美のせめぎあいだと思うのです。なかなか奥深い世界ですよ、お皿は。明日は超久しぶりに多治見で座禅。


le 25 vendredi 金曜日
//あえて早く寝る//今日は帰宅後陶芸を見合わせて21時には寝ます。明日早くに起きて陶芸に専念した方が良いと、これは未来が占える。

金曜日の晩だというのに、このような選択。ただね僕はこの生き方も好きです。いづれ老いて、老いたなりの生活は迫られる。それを拒絶するがごとく見苦しい若作りの老人もまれに見受けられますが、品良く老いるためにも、陶芸で時を過ごすなんて素敵だと思うのですよ。今の生活は、その時に憔悴することはないのだ。


le 24 jeudi 木曜日
//仕事のことは語らない//これだけ毎日アレコレ書いていても陶芸のことばかり。基本的に日々の仕事のアレコレを書くことはしない。それは父親のあり方に決定的なものがあって。父は仕事のイライラを母に当たったりする人でした。それを見続けて心底嫌になり、就職してからというものの仕事の話はまずもって語りません。何も語らないので周囲を不安に思わせたこともあるのだが、それはここでも同じ。

さて、今日も帰宅後陶芸。ここに四季の移り変わりを感じるのです。未だ蚊取り線香は必要ですが暑さ対策は無用となり、考えるは足腰に忍び寄る寒さ。真冬は豆炭も使用するですよ。


le 23 mercredi 水曜日
//狸の化け仕合//本音は隠す。皆隠している。そして何故だか調和が保たれている。そして、その調和が変調しようとしているときにでも、皆本音は隠す。諭そうが脅そうが本音は語らない。

時に不安に思うときがあるのかもしれないけれど、この歳にして思うのは、高度な交渉術とかではなくて、とにかく目の前のするべきことに邁進する。問題は、後出しじゃんけん。これをされると、どんな努力も誠意も無駄になる。何かの勘違いでそう思うのかもしれないけれど、これが余りに続くようなら、そういう人間なのだと諦観するしかないけれど、狸の化か仕合。


le 22 mardi 火曜日
//燃え始めました//11時間ほど作陶。この間13時より即位礼正殿の儀も拝見。実に素晴しい中継でした。

中国が国家主席の総書記の権威を見せつけるために軍事パレードや100万の市民の行進など数を頼りに配信しますが、費用の面では米びつと米一粒の差もありそうな圧倒的な安価にもかかわらず伝統の継承者として違和感なくあの装束を披露できる皇室の存在というものは日本人の誇りです。

これを訝しる者は、まず日本人ではないのでしょう。日本人であるのなら、軍事パレードも市民の動員もなく平和で慎ましやかなのに圧倒的な存在の価値は誇りであって守るべきものであり嫉妬の対象ではない。


le 21 lundi 月曜日
//不思議な月曜日//三連休も良いのですが、金曜日みたいな月曜日の存在も嬉しい限り。最低でも5日は有休を取得しなければなりません。週末に合わせるよりも火曜日に取得とか、これ良いかも!!!


le 20 dimanche 日曜日
//明日は金曜みたいな月曜日//ちっとも出歩いていないので月曜の夜から出掛けたい欲求もあるのだが、陶芸もしなくてはと思う。私はどうすれば良いのだろうか。

今日は三重県のウーマンの血が濃いエリアに。初めて行く遠縁の屋敷も。蔵や棟が5も6もあってビックらこきました。それでも古い二階建て離れを平屋に減築したというし、驚く規模でした。

その母屋を拝見させてもらいましたが、今は台風で流出の大正元年建築のウーマン母方の母屋の思い出が、玄関の意匠から思い起こされ、あの母屋が今でもあったら、僕の移住先であったのにと。こればかりは悔やまれて悔やまれて仕方ありません。


le 19 samedi 土曜日
//お皿一つだけ//午前中は自宅陶芸。午後からは瀬戸で施釉。帰宅して工房の片付け。明日は見合わせていた三重県行きなので、ちっとも作品が溜まりません。


le 18 vendredi 金曜日
//いつもありがとう//マダム焼と信州の高原野菜やお花との物々交換。色の濃い紫芋は、これを種イモにして我が家でも栽培することでしょう。笑い話は、我が母が先方に(農業的な)激しい関心がありまして我が家ではアレコレしているから伝えなさいと。ところが僕はその知識がないので、頭から消える伝書鳩。いっそのこと直接お話したら大盛り上がりは間違いないのですが。


le 17 jeudi 木曜日
//ああ、情けなや//久しぶりに轆轤を回しましたが、なんとなんと、ああ情けなや。簡単なものさえ作れない。何のために自宅工房を設置したのか。反省反省大反省。


le 16 mercredi 水曜日
//これは花粉の仕業ではなかろうか//風邪は治れど痰はからむ。何かが反応して痰が絡むのだが、悪性の黄色い反応ではなく透明の粘性のある唾というか痰。これも何かを飲んで治すという感覚はないので、付き合って基礎体力を高めて対処するつもりです。

そうそう、一つ頭が良くなりました。エナジードリンクというものが出回っていますが、あのカフェインが多量に入っているドリンク。もちろん大量の糖分もあり一気に飲み干すと血糖値が異常に高まり、カフェインの覚醒作用以上に食後の眠りのような現象が。あれはチビリチビリ飲むのが良いのだと。


le 15 mardi 火曜日
//迷うことはなし//目の前のことを一生懸命取り組む。新しいことがあるのなら一生懸命取り組む。一生懸命取り組めば、それは自身にとって不利には働かない。することもせず、回避するためにアレコレ思案しても、相当な確率で自身に不利に働く。それは当然。真摯に取り組むべき対象に反作用的な行動をとり相手方に納得させるのですから、まずは勝算なし。不利に働く。

そういう簡単なことを僕は相当後になってから知る。一生懸命が最短で最善で、もっとも安定したものであることを知るべき時代に知れなかったのは悔やまれるのだが、今、それを知っているのだから良しとしましょう。


le 14 lundi 月曜日
//この連休は//風邪を理由に全く陶芸をしませんでした。当初予定していた三重県行きも取りやめ。今回の台風災害の激しさは憂いも大きく、22日の祝日に国民こぞってお祝いできる雰囲気ではなくなったのがつらいです。ただ、22日は、この日は心切り替えて奉祝の慶びを。

寝てばかりの三連休で良いこと一つだけ。溜まりに溜まった南信州新聞、ようやく現世に追いつく。


le 13 dimanche 日曜日
//この災害が毎年来ると思うと//数日前に発生した台風が、日本に大災害をも散らす。こんなにも河川が氾濫し、いやいや堤防の決壊、首都東京に水没地域の発生など全く信じられません。ましてや、長野県は台風の目の西側なのに。どういうことでしょうか。

紀伊半島で広島で、この二つの大水害は記憶に残るのですが、この規模の大水害が毎年一つや二つ。日本は今、温暖化との戦争で毎年戦災を負っているのだと。


le 12 samedi 土曜日
//三連休初日//台風情報を聴きながら終日ベッドの中。今回もですが、抗生物質には頼らないので自力で治している最中。風邪のピークが顕著ではなく、この先に何があるのか想像できませんが、ピークのない風邪というのは長引くというのが最近知ったこと。


le 11 vendredi 金曜日
//ちびっこの風邪//同僚は保育園児のパパ。ここから伝来する風邪菌は僕のところにも到達することがありまして、先ほど感染したと確信。今回も自力で治しますが、昨日の時点で違和感はあったので初動が遅れた形。これは長引くかも。三連休は台風の心配しながら寝るとします。


le 10 jeudi 木曜日
//この世の富とは何でせう②//台風で三連休のイベントは番狂わせでしょうね。

さて、農林水産業は不思議です。種をまき無事に育てば価値となる。昔、食べるために皆が農業をしていたら、それは価値というより食糧。ところが集団の中に農業をやめる人が出てきて布を織る。ところが彼も腹を空かすので食糧が欲しい。そこで布との交換になるのだが、布は特殊技術で交換を希望する農家はたくさん。ここで機織りは一反の布で空腹を満たす以上の食料を調達する。ここに布屋は金持ちになる仕組みが生まれる。ましてや食料に穀物があるとするのなら保存がきく。保存の効く食料は、富の継続化をもたらす。随時、食料と交換する必要もなくなるので一反の布を安く売る必用も無くなる。さらに大量の食糧と交換させる。

布屋はずるいと人々が気づき皆が内職で機織りをし始めたら、富の形成はまた変わる。布屋は特別金持ちではなく、腹を満たすに少しばかりの余裕がある程度。昔満たした蔵には、なにもない。

同じ労働でも、人のしないことを転々と渡り歩く人は、それだけで金持ちになれるのかもしれませんが、冴えた頭は持ち合わせないと。


le 9 mercredi 水曜日
//この世の富とは何でせう//富とか価値とか美を考えると、いつも不思議になってしまう。それは満ち満ち溢れているはずなのに、実際は枯渇しているから価値がある。

不思議の一つはお金。以前の日記にも書きましたが、
昔々、おじいさんが何かの折には庭を掘れと壺に銅銭を目一杯。埋めてから100年くらいは家屋敷の再建が可能であったと思うけれど、明治も中頃になると、それはほとんど意味をなさない銅の塊。

ところが、同じく昔々隣家のおじいさんは何かの折に使えと壺に小判を目一杯埋めたとしてら、それから300年400年1000年経過しようが家屋敷は簡単に再建される。

時の政府が変わっても小判なら換金の手立てはあるのに、銅銭なら銅の価格以上は望み薄。つまるところ、希少金属でない限り政府の保証がなければ価値は輝かないのだが、変な政権が、このデザインの銅銭は小判10枚と同価値であると保証すれば、その期間は意味を成すけれど、革命が起き政権が断絶すると、そんな銅銭は珍しがってくれとも、10枚の金貨と交換はしてくれない。


le 8 mardi 火曜日
//50肩??//左腕の回転域が減少しているというか、回すと痛いときがある。有体に言うと、背中が掻けない。。。。。47ですからね、40肩というより50肩なのかな。


le 7 lundi 月曜日
//常滑では扇子//多治見では漆器。  またまた扇子を買いました。仏具店も出店していて名古屋扇子を安く販売しているのね。行く度に買っています。やはり器は自分で作っているので、漆器とか扇子とか銅器とか手に負えないものを買う機会としての陶器祭になっている。


le 6 dimanche 日曜日
//常滑焼まつり//年を追うたびに規模が小さくなるものの常滑最大の産業祭。規模の縮小化は例外なく数年続いている。北海道で鰤が採れるように、何かが変わっている証左なのだ。

当り前のものを作っていては見向きもされない。かといってオリジナルでも脚光を浴びないものもある。それはその人の得意分野なのだが見向きもされない。では、手間暇惜しまずで良いのかというと、それを価格に反映できる人は極わずか。高ければよほどのことでない限り見向きもされない。

つまるところ、見る者には作家の個性があり平々凡々としていなく、しっかりした出来栄えなのだが、実のところ手間暇は極力抑えている。ある作家は金や銀を多用している。それは高価な材料だが、その輝きで手間暇省いたパット見の出来の良さを(錯覚を)持続させる効果を知ったうえで用いている。あれは陶芸家というより商才のあるデザイナーだと。でも、それは勝負に勝つ一つの方法論として成功事例であるし賞賛されるべきであろう。逆に何倍も手間暇かけているのに売れないから愚痴を言うのね!!!と指摘されても仕方ない。


le 5 samedi 土曜日
//バランスが崩れた//いや~~~~久々に味わった独特の疲労感、緊張感。以前は、これが当たり前だったのです。帰る刻限が決まっていたので。何とか作り上げましたが、細かなところでパーツのバランスがチグハグ。要は一言で言って気に入らない。これも刻限ありの世界が故。プロなら、時間内に思い描いていた姿を現して退出なのだろう。


le 4 vendredi 金曜日
//今日は早く寝る//土曜日の陶磁美術館は失敗は許されぬ一発勝負。睡眠不足は大敵なので、今日は早く寝るとします。おやすみんみん。


le 3 jeudi 木曜日
//南信州新聞//溜まり続けているのに、また半年分の料金を。遅読の原因は机に置かれた器の数々。では、この器はというと先日焼きあがったものの置き場がないという現象のため。。。
最近、焼き上がりが良くなりまして捨てるには忍びなく手元に置いておきたいのですが、そろそろ蔵に似たような性格のプラスチックボックスを買いまして、器を詰め込まなくては。。。


le 2 mercredi 水曜日
//今週は何か早い//明日は木曜日ですよ!! さて、決めたことがありまして今週も粘土から遠ざかる。土曜日、久しぶりに愛知県陶磁美術館で作陶をするのですが、粘土断ちをして、その時のモチベーションを瞬間的に爆発させたいのです。自宅と違い、とにかく終わる刻限が指定されている。ダラダラと通い続けるわけでもなく失敗は許されない。


le 1er mardi 火曜日
//残り3か月//時の過ぎるのは本当に速い。あっという間に48になって50になって60に。それでも働く時代なのか、その時、陶芸家として命続くまで働くのか。

//何かと引き換えに//人には許される悪行の範囲というものがあって、その範囲内で悔い改めれば特に問題ないものの、ある人にとっては驚くべきスピードでそれを食いつぶす。ところが悔い改めるそぶりもなく、その悪行が続く。この場合、その人は自分にとっての幸せや健康などの何かと引き換えに怒り続けたり悪態を見せたり許すことをしなかったり怠けたり馬鹿にしたりと。そして差し出すものが何も無くなれば最終的に自らの命と引き換えに、その人は悪行を選ぶ。
【死ね】【殺す】とか、それに類する言葉を発したり心の中で唱える人は、もはや癖になっているので、ある程度の年齢で、そろそろ何か否定的な現象が身近に現れるでしょう。死ねというものに命は遠ざかる。


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